彼らはどこに行ったのか

思い出しついでに、母校について今まで触れてこなかったことがあるので、それについて。

我が母校は手放しで良い高校だったとは言えない。いじめ疑惑は常にあったし、常に中退者は何人か出ていた。実際、私が生徒会長だった時期、巡回を強化して判明したいくつかの実態があるが、これは本人らに関わることなので墓場まで持っていく。

私自身、楽しかったとばかり言っているが、下駄箱で上級生に詰め寄られたことは一度や二度じゃなかった。ただその中に一人だけ私がよく覚えている(それなのに名前もクラスも知らないままだったのだけれど)人がいて、生徒の中にバイク事故で死んだ方がおり、その方の何周忌だかの言葉を生徒会で私が述べた後、その人は私の胸ぐらを掴んで「お前にあいつのことがわからなきゃいけないわけじゃねえけど、俺にはお前がへらへらしている理由がわかんねえ」と、かなり強い態度で言ってきた。

今でもこれがどういうことで、これこれこういうことだったと理路整然と説明できるわけじゃないのだけれど、私が楽しいことと他の方の楽しくないことというのは、かなり似通っていたのかもしれない、とは思う。

しかし、良しに付け悪しに付け、影響を受けやすい学校だったのだろう。